若林 彰と国際青年演劇センター

2017年 News

       
       
       
       

 

  2017年3月12日   You-Tube作品
「日本演劇史を疾走した稀代の演劇人:若林彰の演劇(後編) 」
をアップ致しました。
     
       
       
  2017年3月11日

You-Tube作品
日本演劇史を疾走した稀代の演劇人:若林彰の演劇(前編)」
をアップ致しました。 _

       
       
       
  2017年3月10日 You-Tube作品
「日本演劇史を疾走した稀代の演劇人:若林彰と国際青年演劇センター Digest」をアップ致しました。
       
       
       
  2017年3月 石川達郎さまにご助言を頂き、文学座さまにご確認ご快諾を頂きました。
       
   

 下の「海鳴」の写真と、若林 彰の髪型、衣装が同じなのですが、冷泉さんは、「中央の包帯の人は石川達郎さんかも?」のご助言とご連絡先を頂き、早速石川さまにお尋ねしましたところ

「出演はしていない」「が、右の『漁船巻き取り機』の大道具からして『海鳴』であろう」のご助言を頂き、文学座さまにご報告したところ、ご確認とご快諾を頂きました。ありがとうございます。

それにしても、笈田さま、冷泉さま、石川さま、皆様のご記憶力には敬服を越えて驚嘆致します。俳優さんは、お若い時から「台詞の暗記」で、記憶力を鍛えるからなのでしょう。そして、それがまた頭脳のみならず、心と体を鍛え、ご長寿ご活躍に繋がるのでしょう。ありがとうございました。

  2017年3月 冷泉公裕さまに、ご快諾とご確認を頂きました。
       
   

若林 彰の遺品資料の「文学座写真」の中で、最期迄分からなかった二枚が、1967(昭和42)年「海鳴(作:水上勉)」若林 彰:久治役と判明致しました。

 冷泉さまは、若林 彰よりは13年後輩で(原田大二郎さんの1年先輩)、文学座退座後に、国際青年演劇センター作品にも出演して下さった、冷泉公裕さまのご協力を頂きました。
  冷泉さまが研究生で入座した年、早々に出演ナサッラ水上勉さんが文学座の為に書き下ろしたふたつの戯曲「山壁/海鳴」の一方で、「中央は名優:加藤嘉氏、作品は海鳴」のご確認とご快諾を頂きました。ありがとうございます。


  2071年2月

文学座さま、水上蕗子さま、高瀬哲朗さまに
ご快諾を頂きました。

   

 ひと昔前までは「業界連絡先案内」なども出版されていましたが、「個人情報保護」の時代になりますとネット検索でも中々分からないものです。

 日々「ネット検索」をして、やっと水上さまのご長男:窪島さまが館長をなさっている信濃の美術館「無言館」に辿り着き、事務局の方の温かいご協力で、辿り着くことが出来ました。

 水上勉さまの著作権の管理は、ご長女の蕗子さまがなさっており、蕗子さまから、美しい字のご丁寧な葉書とともに有難いご快諾を賜りました。ありがとうございました。

 共に写っております、故杉村春子先生については、文学座さまがご快諾を下さり、故高原駿雄さんにつきましては、現在も文学座に在籍されている、息子さんの高瀬哲朗さんのご快諾を得て下さいました。誠にありがとうございました。


  2017年2月 笈田ヨシさんにご協力を頂きました。
       
 

メールの冒頭に「懐かしい先輩の顔!」と下さいました。実際は、若林 彰の1年後輩ですが、若林 彰が研究生時代に3年もの結核闘病・療養にブランクを開けた間に、笈田さんの方が先に準座員に昇格されたので、「後輩なのに追い越して格が上」となったのです。にも拘らず、55年も経った今日も「先輩」とおっしゃって下さったということです。
それにも増して感動しましたのは、笈田さんの驚異的な記憶力です。左の写真ともう一枚の舞台。本番の舞台ですからスポットが当たっていない人は暗いのが当然。なのに見事に舞台と年代をお教え下さいました。

 

 2016(平成28)年の映画「沈黙」に於ける名演で、世界的な名声を更に高めた笈田ヨシさんは、1960年代、笈田勝弘さんの芸名で、若林 彰と同時代に文学座に在籍されていました。

  若林 彰より、先に退座されましたが、1968(昭和43)年パリで行われた「ピーター・ブルック・プロジェクト」では、1963年(昭和38年)に31名の俳優及び演出家と共に退座された芥川比呂志さん、若林 彰と同席され、笈田さんは、その後ピーターブルックとの友好を深めつつ、パリと日本を行き来しながら世界的に活躍されました。

 日本ではオペラ「蝶々夫人」の演出でも知られ、丁度帰国中に、日本の事務所「鈍牛倶楽部」さまが大変ご親切に取り次いで下さってご連絡が取れ、左の若林 彰と笈田さんの2ショットの写真を確認して下さいました。

 

 

笈田さんの御陰で、判明したこの写真は、1962(昭和37)年6月「唖のユミュリュス(ジャン・アヌイ/中西由美演出)」アトリエ公演、家庭教師役、笈田勝弘、の他に岸田森さんらとのものとのことです。

笈田さん、ありがとうございました。

 

  2017年2月   荒木一郎さまにご快諾を頂きました。
       
   

 「荒木さんご遺族の許可があれば」と文学座さまに掲載のご許可を頂きました1969(昭和44)年「握手・握手・握手(飯沢 匡)」は、左の写真の他に数枚残されていました。若林 彰は、シャルパンティエ役、 荒木道子、長岡輝子、太地喜和子さんたちとの出演でした。
 
 ご遺族は、歌手としても有名な荒木一郎さん。恐らく、父:若林 彰も母もお会いしている筈です。我が家で何度かお名前が出ていた記憶があります。
ファンクラブさまにご連絡すれどお返事無しで、中々連絡先が分からなかったのですが、 なんと一郎さんは、「トランプ・カード・マジック愛好会:プリンアラモード・クラブ」の会長をされていることに辿り着き、事務局に連絡しましたら、早々にご快諾を得ました。ありがとうございました。