若林 彰・国際青年演劇センター:年表

  文学座・研究生時代 二度目の結核闘病〜入院で昇進が遅れる

  1954(昭和29)年 研究生採用  
  1955(昭和30)年 1月 「シラノ・ド・ベルジュラック」で初演 見物人役
   

9月

「なよたけ(加藤道夫)」 村人、武士の二役
  1956(昭和31)年 三島由紀夫氏入座
  「聖女(三島由紀夫) 悠一(ウクレレを弾く男)役
  8月 「美しきフラノの娘(八木柊一郎) 牧夫、大勢、
  11月 「鹿鳴館(三島由紀夫) 英海軍士官役
  1957(昭和32)年 3月 「泥棒達の舞踏会(ジャン・アヌイ)
アトリエ公演
笈田勝弘、小林千登勢さんらと
  5月 「陽気妃(飯沢 匡) 玄宗の従者
  8月 「明智光秀(福田恆) 兵隊、職人、三宅式部の家来
  10月 「鹿鳴館(三島由紀夫) 紳士と給仕
  1958(昭和33)年 3月 「鹿鳴館(三島由紀夫) 楽士、写真技師
  4月 「国性爺(矢代静一) 兵士三役
  6月 「マリアンヌの気紛れ(ミュッセ)
アトリエ公演
刺客役、長岡輝子、加藤治子さんらと
  1959(昭和34)年   出演無し 結核療養
  1960(昭和35)年   出演無し 結核療養
  1962(昭和37)年 NHKラジオドラマ「アンデルさんの記」 長女を出演させる
  1月 「パリ繁盛記(中村光夫) 展覧会の客
  5月 「光明皇后(有吉佐和子) 藤原房前と廷臣数名の一人
  6月

「唖のユミュリュス(ジャン・アヌイ)
中西由美演出、アトリエ公演

家庭教師役、笈田勝弘、岸田森さんらと
  1963(昭和38)年 「準座員」昇格。  
    1月 芥川比呂志、岸田今日子、名古屋章、山崎努、加藤治子、中西由美氏など29名脱退、 元文学座文芸部員・評論家:福田恆存と「現代演劇協会」「劇団雲」を結成、
    「クレランバール(マルセエル・エーメ)」 16名中の修道士
    3月 日本の孤島(小山祐二) 村人の声のみ
      調理場(ウェスカー) ガストン役、小川真由美、悠木千帆さんらと、
    6月 トスカ(サルドゥ) 兵士/貴族二役、江守徹、松本喜臣さんらと
    8月 調理場(ウェスカー) レイモンド役
    9月 萩す々き(久保田万太郎) 中村伸郎、北村和夫、田代信子、小川真由美、悠木千帆さんらと、
    11月 (カフカ) 教師役、江守徹さんらと、
    12月 三島由紀夫、賀原夏子氏氏ほか14名退座。 劇団NLT(新文学座)結成する。


  文学座・正座員時代 アラバールなど海外戯曲と出逢う
  1964(昭和39)年   演技部昇格  
  3月 「三人姉妹(チェーホフ) ソリョーヌイ役、
  6月 「霊柩車とともに(高見沢文江) 北原役、荒木さん(初日のみ)と配役九人の一人
    7月 「欲望という名の電車(T・ウィリアムズ) 医者役、 配役12人の一人、 杉村春子、荒木道子、小川真由美、悠木千帆さんらと、
      TBSドラマ
「おかあさん-2/第221回冬のたたかい
 
  1965(昭和40)年 4月 「友絵の鼓(人見嘉久彦) 藤一役、
    「第二次新劇訪中合同公演」 団長:滝沢 修、副団長:東野英治郎 副団長・書記長:杉村春子、俳優:吉行和子(民藝)、市原悦子(俳優座) 文学座:本山可久子、松下砂稚子、小川真由美、川辺久造さんらと、 協力:新劇人会議、新劇団協議会、
    10月 戦場のピクニック/青い風船(アラバール)」
アトリエ公演、
翻訳を担当
  1966(昭和41)年 1月 「かくて新年は(森本薫)アトリエ研究公演 細川敏之、江守徹さんらと、
    3月 「山壁(水上勉) 来栖甚三役、石立鉄男、吉田日出子さんらと
      NHKラジオドラマコメット・イケヤ(寺山修司作品)演出:佐々木昭一郎、
イタリア賞グランプリ受賞
      テアトロ 6月臨時増刊号海外前衛戯曲集 脚本翻訳台本「ゲルニカ(F・アラバール) 」発表
    8月 (イオネスコ) 論理学者の役、江守徹さんらと、
      新劇9月号 脚本翻訳台本「戦場のピクニック(F・アラバール)」
  1967(昭和42)年 1月

「シラノ・ド・ベルジュラック
(文学座30周年記念公演)

キュイジィ役/兵隊の役兼任。
    6月 「五人のモヨノ(飯沢匡) 堀口役、荒木道子、江守徹さんらと、バンド:クラッカージャック
    8月 「海鳴(水上勉) 久治役、高橋悦史さんらと、
    11月 「大寺学校(久保田万太郎) 軍人役、 小川真由美、藤田弓子さんらと、
    12月 「ヘッダ・ガブラー(イプセン)
アトリエ(研究発表)公演
杉村春子、荒木道子、高橋悦史さんと、配役六人の一人
    アラバール戯曲集1「戦場のピクニック(思潮社)」出版  
      「Ultima Ora(Stop NewsMihail Sebastian)」ルーマニア戯曲 若林 彰:訳
  1968(昭和43)年 5月 「メアリースチュアート(シラー) ベリーヴル役、 高橋悦史さんらと、国立(小)劇場、
      NHKドラマ「陽気なマッケイ」
(作:たなべまもる/演出:都成潔)
 
      TBSドラマ「泣いてたまるか/第75回:
東京よいとこ」
監督:井上博、渥美清、青島幸男、加藤 武、太地喜和子、石立鉄男氏と
      ルーマニア演劇視察 ルーマニア政府文化庁招待
    4月 「広島・長崎における原子爆弾の影響」 日本初公開 ナレーションを担当。
      ナンシー国際青年演劇祭:オブザーバー 文学座から派遣される。J・ラング氏と会合し、帰国後密な文通始まる。
      「ナンシー演劇フェスティバル日本連絡事務所」を創設  
      ピーター・ブルック・プロジェクト(パリ) 芥川比呂志、笈田勝弘、利光哲夫、各氏と参加
  1969(昭和44)年 2月 「五稜郭血書」(国立劇場) 仏軍事顧問役、
    4月 「握手・握手・握手(飯沢 匡) シャルパンティエ役、 太地喜和子さんらと、


  文学座時代末・KSEC創立 欧州演劇祭での出逢い〜ナンシーFes招聘に奔走
  1970(昭和45)年 NHKドラマ「タイムトラベラー」
(原作:筒井康隆/演出:佐々木昭一郎)
望月博士役
    新劇4月号 「ドストエフスキーという名の亀(F・アラバール)」 脚本翻訳台本
      国際演劇年鑑「1960年代の日本記録演劇」 依頼調査報告文
    5月 第七回:仏ナンシー国際演劇会議 オブザーバー招待
    6月 劇団新劇場機関誌「ネオ・バロック演劇とは何か?」 寄稿
      新劇7月号 「ナンシィ演劇フェスティバル」 寄稿
    7月

ドストエフスキーという名の亀国際青年演劇センター初自主上演

目黒
     

テアトロ 10月号「怒りのオルランド」イタリア街頭劇報告

寄稿
        盟友:三島由紀夫割腹自殺
  1971(昭和46)年   新劇1月号 「ナンシー演劇コンミューン」 寄稿
      テアトロ3月号ナンシー演劇祭問答 寄稿
    3月 三輪車の男たち(アラバール)国際青年演劇センター自主上演 自由劇場、アテネフランセ
    4月 第八回ナンシー演劇祭:オブザーバー出席 寺山修司、戸板康二氏を引率、国際会議出席、
      朝日新聞「開幕したナンシー青年演劇祭」 寄稿
    7月 赤旗論文寄稿「日本記録演劇の海外紹介」  
      悲劇喜劇7月号 「日本のなかの第三世界」  
    8月 ナンシー演劇祭主宰者ジャック・ラング氏日本招待  
  9月 新劇人会議・演劇講座「記録演劇とは何か?」  
    10月 第三回ヴロツワーフ(ポーランド)演劇祭 新作狂言参加をコーディネート
  11月 第一回第三世界演劇祭(マニラ)オブザーバー  


  KSEC欧州演劇祭活発化 ナンシーFes招聘を一時断念しKSEC活動を充実させる

  1972(昭和47)年   文学座退座  
  2月 NHKドラマ「時をかける少女:タイムトラベラー(筒井康隆作)演出: 佐々木昭一郎  
  NHK大河ドラマ「新・平家物語」平宗清役  
  4月 逆賊ハロワインゲルドロード作品を謡曲で表現、 第二回ソフィア演劇祭参加
  5月 逆賊ハロワイン ルーマニア,ポーランド巡業、 第一回ハンガリア・パントマイム祭参加、
  9月 第31回ベニス・ビエンナーレ 能狂言、歌舞伎、現代狂言、新劇(三十人会)をコーディネート
  11月 逆賊ハロワイン ベルギー・ブラッセル公演
  1973(昭和48)年 国際演劇年鑑 1973年「日本現代劇のヨーロッパ公演〜国際青年演劇センターの試み 寄稿
  3月 KSEC名古屋スタジオ設立  
  4月 「歌暦今曽根崎」文楽とロック 人形師:吉田小玉、他、渋谷ジァンジァン
  7月 羅生門日本現代舞踊、ロックを導入 振付:花柳伊千兵衛渋谷ジァンジァン
  8月 インターアフリカンシアター招聘 渋谷ジァンジァンLIVEを制作
  10月 第四回ヴロッワーフ演劇祭 天井桟敷参加をコーディネート


  KSEC:国内活動活発化 複数劇団と共同制作、アラバール招聘

  1974(昭和49)年   NHKドラマ「夢の島少女」演出:佐々木昭一郎  
    国際演劇年鑑 1974年 「第四回ヴロツワーフ演劇祭報告」 国際演劇協会日本センター刊
  3月 梅川・忠兵衛文楽とロック 人形師:吉田小玉、他、渋谷ジァンジァン
  6月 羅生門(舞踊七景)ギリシア文化芸術祭参加 振付:花柳伊千兵衛
  8月 KSECラテンアメリカ委員会設立  
    10月 「ヴィシナル演劇実験室(ベルギー)日本招聘・制作。  
    11月 アラバール74TOKYO F・アラバール招聘  
      いら草小町壮衰記アラバールによる新作狂言 西武劇場、アートシアター新宿文化、
出演:小川真由美、三宅右近、坂本長利、冷泉公裕
      四つの箱(アラバール)マイム劇  演出:若林 彰、鍛冶 昇、 出演:冷泉公裕、ジョージ・メノエ
  1975(昭和50)年 「アラバール戯曲集3 赤と黒の夜明け(思潮社)」出版  
 

国際演劇年鑑 1975年 「ベルギー劇団日本初公演」

国際演劇協会日本センター
  3月 父親:忠雄死去(享年89)
  7月

「古事記(中城まさお)」第18回オーストリア演劇祭参加

中城まさお社出演コーディネート
  8月 「かっぽれ(桜川ぴん助)」第四回イタリア民族芸能祭参加、 桜川ぴん助社中出演コーディネート、
  10月

「飢餓の祭り(太田省吾)」第五回ヴロッワーフ演劇祭

転形劇場出演コーディネート、
  国際青年演劇センター/詩と演劇の会、 提携公演ラトカスブルグ(オーストリア)
  1976(昭和51)年 4月 「千手魚身太鼓」:第七回パレルモ演劇祭 アートスペース乱気流出演をコーディネート
  5月 「代執行/AとB(浜田善弥)」第三回カラカス演劇祭参加 浜田善弥劇団出演をコーディネート
『代執行」は演出も
  6月 第21回レフカス民族芸能祭 オブザーバー招待
    11月 「サロメ」地歌舞、アメリカ巡演 出雲蓉舞と踊りの会提携公演

 

  KSEC:第三世界活動活発化 山椒大夫・南欧、中南米公演

  1977(昭和52)年 4月 「舞踏社」第八回パレルモ演劇祭 「舞踏社」上演をコーディネート
  5月 山椒大夫」第五回セルバンチノ芸能祭(メキシコ)  
  山椒大夫」ペルー・リマ公演  
  8月 「舞踏社」第二回国際ワークショップ・ベルガモ(イタリア) 「舞踏社」出演をコーディネート
  J・ラング、パリ市議会議院に当選。Nancy後任:ココソフスキ女史
  1978(昭和53)年 3月 山椒大夫」日本凱旋公演 三百人劇場
  4月 山椒大夫」第九回パレルモ演劇祭
  10月 山椒大夫」第一回演劇と開かれた芸術のための国際会合、 ウロツワフ(ポーランド)、
  山椒大夫」第二十一回リェージュ(ベルギー)演劇祭
        J・ラング、ミッテラン社会党書記の顧問となる。


  KSEC:第三世界及び社会的弱者支援活動活発化 児童劇、在日韓国劇、手話劇、アイヌ劇、国際先住民族演劇祭

1979(昭和54)年   聖体拝受遁走曲(アラバール) アートシアター新宿
  国際児童演劇フェスティヴァル 審査員

「アリストテレス・フォー・エブリボディー
(M・J.アドラー 著)

下島連と共訳 日本ブリタニカ
埋もれ木たち (長谷川伸作)ミュージカル 於:壁装館 作・演出:森井 睦/演出協力:若林 彰
1980(昭和55)年 3月

狂気の館(D・ラードウ・ポペスク) ]

若林 彰訳、演出
11月 草墳(島の掟/呉 泰錫)在日韓国演劇人との提携公演 日本語訳、韓国音楽と切り狂言の共演
12月 勇士オヤンタイ(インカ伝説)」日本ペルー合同公演 三百人劇場
  1981(昭和56)年

悲劇喜劇4月号
「演劇の国際交流10年のプロセス」

  3月 海峡(亀山孝治)」第五回・第三世界演劇祭参加 ソウル/文芸劇場小ホール
  5月 異説・酒呑童子(森井睦)」国際演劇祭・手話劇 演出:竹内敏晴/演出協力:若林 彰
  「オルフェス(ギリシア神話)」世界聾唖者演劇祭参加 国際青年演劇センター/ひとみ座(人形劇)
提携公演 ブルノオ(スロバキア)
  東京芸術学院創設に参加、
研究劇団テアトロ・ダール創設
常任理事・演劇部講師就任、
  「日韓人形劇交流週間」を主催 ソウル・アンサンブル(シム・ウースン)&ひとみ座於:テアトル・ダール
       

J・ラング、フランス文化相となる。
芥川比呂志氏結核で死去。

  1982(昭和57)年 ポルトガル尼僧の手紙 出演:岸田今日子、草月ホール
  11月 「羅生門」劇団テアトルダール 第二回研究公演  
  「アイヌ・ネノ・アン(アイヌ口承詩)」アイヌ伝統芸能と提携 世界先住民族演劇祭参加、ピータバラ(カナダ)  
  1983(昭和58)年   盟友:寺山修司没
  5月「デカメロン」劇団テアトルダール 第三回研究公演  
      山椒太夫」劇団テアトルダール 第四回研究公演  
      「カムイノミ(アイヌ儀式)」アイヌ伝統芸能と提携公演 ラ・マーマ劇場(ニューヨーク)
      ジョン・ウェールズ(佐渡文弥人形研究家)講演会 後援:東京芸術学院
      東京芸術学院閉校
  1984(昭和59)年   劇団アティック常任演出家就任
      ミミ・パンソン(A・ミュッセ)
劇団アティック第一回公演
 
  1985(昭和60)年   セビリア狂騒曲(セルバンティス幕間劇集脚色)
劇団アティック第二回公演
オリジナル・ミュージカル
      洛神の賦(駒田信二)劇団アティック第三回公演 オリジナル・ミュージッカル
  1986(昭和61)年     J・ラング、フランス下院議員、後に文化相再任。
  1987(昭和62)年   インカ詩集アンデス音楽と朗唱
大谷ストーンフェスティバル参加
大谷石記念館(宇都宮市)
  1988(昭和63)年   死にっぱぐれの舞踏会喪服の女たち(ゲルドロード)  
  1989(昭和64)年   羅生門」国際ムーヴィング演劇祭 (ハンガリア・ブタペスト)  
      羅生門」東京北区主宰文化祭: 田畑駅前特設テント
      「中村又蔵・歌舞伎教室」 仏ストラスブール国立劇場・付属演劇高校講習会 コーディネート

 

  KSEC:創立20周年 20年の集大成「世界物語三部作」

  1990(平成2)年 預言者バシオン、アプ・インカ・アタワルパ、耳なし芳一」KSEC創立20周年記念、東京国際演劇祭参加、 後援:北区文化振興財団
  1991(平成3)年 銘々のテーブル(T・ラティガン)小田島雄志訳/若林彰:演出 池袋:二つの部屋
  1992(平成4)年 2月

深い青い海(T・ラティガン)

  1993(平成5)年 1月 晩餐会への招待(G・フォワシー) 銀座みゆき館劇場
  1994(平成6)年 4月 薮の中 (羅生門マイム舞踊)」ルーマニア国際演劇祭出演参加、  
  薮の中 (羅生門マイム舞踊)」オーストリア・ウィーン公演  
  6月 ヘルゲランの勇者たち(H・イプセン) 銀座みゆき館劇場

  KSEC:活動末期:人権問題と原爆問題 アメリカ巡演/ルーマニア演劇祭

  1995(平成7)年   ティー(ヒューストン)シアターX(カイ)提携、戦後50周年記念
    狼少年(寺山修司)津軽三味線による叙事詩第二回ルーマニア演劇祭招待作品
  傷だらけの手(藤川健夫)
長崎被爆詩人:福田須磨子の半生-英語版
米三都市巡演
  ベリナ・ヒューストン講演会
主催/後援:東京都文化振興基金
  1996(平成8)年

決闘(クプリーン)」両国シアターX提携

  悲劇喜劇4月号「わが日録 クプリーン」 寄稿
 

狼少年津軽三味線による叙事詩
寺山修司十三回忌記念/第三回ルーマニア演劇祭アンコール招待

  1999(平成11)年 原子野(ロビンス)ヒロシマ調査から多数の核実験に従事し被爆した米海兵隊員の記録
  「ケニス・ロビンス来日講演会」主催、 南大塚ホール
  原子野(ロビンス)
神奈川県立大和高校「芸術鑑賞会」
 
  2000(平成12)年 7月 「ケニス・ロビンス来日講演会」主催  調布市文化会館


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