若林 彰と国際青年演劇センター
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  若林 彰1926(昭和元年)12月26日上海昆明路生〜2013(平成26)年10月東京没

 新劇俳優文学座 1954(昭和29)年〜1972(昭和47)年
 国際青年演劇センター主宰 1970(昭和45)〜1999(平成11)年
 前衛劇戯曲翻訳家西仏・前衛-F.Arrabal、白・前衛-M.Ghelderode、他
 演出家文楽とロック、謡曲と西欧前衛戯曲、日本舞踊とロック、説教節など多数、
 企画・制作障害者、被爆者、女性人権、人種差別問題、児童演劇、
        在日韓国人、中国残留孤児などを多く支援。
        
(いずれも日本社会が取り組む10年以上前に)

     

 


Nancy演劇祭会議、左:若林 彰/隣:寺山修司氏 国際青年演劇センター(KSEC)は、1970(昭和45)年、若林 彰と同志の演劇人・仏文学者12名で発足。ナンシー演劇祭日本誘致活動に尽くした後、本来の目的に向かって再編し、寺山修司(演出)、観世栄夫(謡曲)、吉田小玉(文楽)、花柳伊千兵衛(日本舞踊)、近衛秀健(作曲)、藤間大助、沢村尚志(舞踊)、麿 赤児(舞踏)各氏などの支援(監修・指導)を得ながら、市村俊幸、岸田今日子、日色ともゑ、奥村公延、冷泉公裕、李 三郎各氏をはじめ、300名を越えるの第一線の俳優を起用、及び、200名を越えるアーティスト、スタッフの賛同、協力を得て1999(平成11)年の米兵被爆者ドキュメントまで、百数十の上演、海外演劇の招聘などを手がける。

   若林 彰は、文学座在籍時代末期に国際青年演劇センターを立ち上げ、その後もTV、ラジオ出演をこなしながら、1970年代後半の日本演劇の激動期に企画・演出と国際青年演劇センター主宰し、70歳前後まで積極的に海外を巡演。87歳で没する数年前迄、ライフワーク(遺作)となるべく「ダ・ビンチ」をテーマにした戯曲の翻訳、創作に取り組んだ。

 対立や差別、不理解の根底にコンプレックス、被害者意識、自尊心を見、それを強く嫌いながらも、全ての人間が内在する「相反する心理」を慈しみ、それに対する気づきと、向かい合いの葛藤からのみ得られる、真に普遍的な理念と真の自由を説くこと、及び、それを表現する直接的手段としての「演劇の概念」と「演劇の論理的な美」を提示することに努め、生涯の大半をそれにつぎ込んだ。
  
 が、その理念・思想は、両極のどちらかに偏るか、中間で浮遊する日和見感覚に支配される社会には理解され難く、当時も今日でも演劇人には一目を置かれるが、厳密にはその理解も評価も過少である。

 当サイトは、若林 彰と国際青年演劇センターの軌跡・業績を紹介・解説するとともに、残された未出版台本、資料の管理、貸し出しを業務とし、さらにその理念・思想をより多く世に説き・問い、それに共感する次世代の演劇人への啓蒙・指導を目的として創設されたものである。

Contents 若林 彰・国際青年演劇センター:年表  Read
  国際青年演劇センターとは  Read
  若林 彰とは

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  主な業績・一覧  Read
  国際青年演劇センターの歴史(1970〜1996)  Read
  若林 彰・国際青年演劇センターのこれまでの活動 -1-  Read 執筆中
  若林 彰・国際青年演劇センターのこれまでの活動 -2-  Read 執筆中
  若林 彰の演劇理念とその手法  Read 執筆中
  若林 彰の人生観・思想・理念 -1- 生い立ちと想い  Read 執筆中
  若林 彰の人生観・思想・理念 -2- 演劇の森  Read 執筆中
  若林 彰のことば  Read 執筆中
  若林 彰を支えた人々  Read 執筆中
  若林 彰の想い出 (共演者さんのお言葉)  Read 執筆中
  父:若林 彰と息子の並走  Read 執筆中
  若林忠宏・演劇考 -1- 日本の演劇史に想う  Read 執筆中

Biography  Read
何故今?  国際青年演劇センターのこれから  Read  執筆中

編集後記  

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